■アンドハーツ 『オルオーフ、襲撃』■

それは、突然だった。
機術師同盟が襲撃されたのだ。
「くそっ…いきなり何だってんだ…!」
気が付いたジェットは目を擦りながら辺りを見回す。
しかし爆風で起こった煙と埃の所為で、よく見えない。
「二人は…?」

ビチャ

伏せていた身体を起こそうとすると、左手に生暖かいものが触れた。
液体。手袋にしみこんだ「ソレ」を見る。
赤い…血…?
いや、この臭いはメカニカルゴーレム用のオイルだ。

『フーーーーー』
ジェットのそばで、息づかいが聞こえた。
しばらくすると煙が晴れて、辺りが見えるようになった。
ナユタだ。
ナユタは、大きく、荒く、呼吸をしている。
「ミ  ラ…  …ルカ」
呼吸の合間にナユタはミラルカの名を、何度も呼んでいる。
その左手には、ぐったりとしたミラルカが抱えられていた。
ジェットはすぐにナユタに駆け寄り、ミラルカの状態を調べた。
彼女に外傷はほとんどなく、かすり傷程度だった。
爆撃の衝撃で気絶してしまったのだろう。ジェットは少し安心した。

…そうなると問題はナユタの方だ。
こんなにそばにいるというのに、ナユタの反応がほとんどない。
小さな瞳も虹色の点滅を繰り返し、どこを見ているのか分からない。
ただ荒い息づかいでミラルカの名を呼び、苦しそうに身体を震わしている。

ナユタの右腕は無かった。
肩からすぐ下の方で、切断されている。背中の装甲も右半分が剥がされていた。
爆撃でふっ飛ばされてしまったのだろう。
切断された血管用チューブから、オイルは流れ続けている。
赤いオイルはナユタの服の袖や背中の布にしみこみ、
流れたオイルは大量に床に溜まっていた。それは血溜まりにしか見えない。
とても痛々しい姿だった。
メカニカルゴーレムは痛覚を持っていないとはいえ、その他の感覚はある。
攻撃を受け、ミラルカを傷つけられ、自分も重傷を負わされた…。
この状態…よほどのショックを受けたことだろう。

ナユタ…今の爆撃にとっさに気付いて、俺達をかばってくれたのか。

「お…おい!ナユタ!!」
ジェットはショック状態のナユタの手に触れ、声を掛ける。
「ミラルカなら気絶しているだけだから安心しろ!」
少しでもナユタを落ち着かせようとした。
だがやはり反応は無い…声も、聞こえていないのだろうか…?
「お前の処置の方が先だ!」
とにかく、はやくナユタの修理をしなければならない。
このまま放っておいては、たとえ修理できたとしても後遺症が残るとも限らない。

しかし、この状況でまともな処置が出来るのだろうか…。

アンドハーツ『オルオーフ、襲撃1』

ジェットがナユタの応急処置をしようとした時だった…。

破壊された壁から一つの影が、現れた。
黒い瞳に黒い癖のある髪の長身の男が、木の様に微動だにせず立っている。
その顔には何の表情も見えない。
こいつが、同盟を攻撃してきたのか…?
唖然としながらジェットは思った。

男は右手を手前に突き出す。
男の瞳が虹色に光る。ジェットの耳にかすかに起動音が聞こえた。
この男、メカニカルゴーレムだ!!
「あんた一体…どわっ!?」
言い終わる前に、ナユタが動いた。
ナユタは意識の無いミラルカをジェットに抱きかかえさせると、
二人を男とは反対側の壁へ思いっきり突き飛ばした。
「だあぁ!!!…イテェ…」
壁にぶつかり床を転がりながら、ジェットがうめく。
「ナユタ!」

アンドハーツ『オルオーフ、襲撃2』

ナユタは立ち上がると、腕を広げた。
こんな状態になっても二人を守るつもりなのだ。
こうしている間にも、ナユタの赤いオイルは千切れた右腕から流れ出している。
もしこれが血であれば、人間などとっくに死んでいるほどの量だ。
しかしジェットは動けなかった。
少しでも動けば、このメカニカルゴーレムに殺される。そう感じたからだ。
ジェットは…恐怖していた。
以前にも同じ様にメカニカルゴーレムを恐ろしいと思った事があった。
子供の頃、親に連れられ博物館で見た50年以上も昔の戦争時代の記録。
戦闘用プログラムだけを載せられた、当時のメカニカルゴーレムの集団。
破壊だけを繰り返す彼等の姿。
ナユタの前にいるこの男は、その時と全く同じ雰囲気を持っていた。
この男は「機械」だ。ただ命令されるがままに行動する機械。
ナユタ達のように心を持ったメカニカルゴーレムとは違う。
ミラルカが気絶していたのは不幸中の幸いだったかもしれない、
もし彼女が起きていれば真っ先にナユタの元へ走ってしまっただろう。
今のジェットに出来るのは、腕の中のミラルカを抱えている事だけ。

男の前に立ちふさがり、二人を守ろうとするナユタ。

…しかしそこまでだった。

キュウウゥゥゥンという音が小さく響き、フェードアウトする。
ナユタの瞳から光が失われる。
多量のオイルを失った事で自己防衛機能が働き、強制的に休眠モードに入ってしまったのだ。
一度は立ち上がったもののナユタは、再度膝をついてしまった。
男は待っていたかのように、動かなくなったナユタの前にゆっくりと歩み寄る。

「や、やめ…!!」
思わずジェットは叫んでしまったが、男はそれを無視しナユタの胸に手を当てた。

ゴシャアァッ!!!

ナユタの胸の装甲をいとも簡単に破壊し、乱暴にその中へ手を突っ込む。
ブチブチというコードやチューブの切れる音と共に、小さな何かを引きずり出した。
鷲掴みにされているのは、ナユタの心臓。
メカニカルゴーレムの心臓部に使われているメイン装置だ。

『ミッション・コンプリート』

片手で掴まれた心臓を確認すると、男は一言そう言った。
そして、初めに出てきたように静かに壁穴から男は去った…。

アンドハーツ『オルオーフ、襲撃3』

ジェットは、一人残された。



2008/01/19




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