異界の夕暮れヘ…ようこそ…
私はイヴ…見守る者……
似ていると言われた海はどのような事を思ったのでしょうか?
そして今夜……彼は無事に過ごせるのでしょうか…?

月〜カコノアクム〜

『おやすみ』といってからどれくらいたっただろう……?
影がふとそう思った…。
外を見れば、高い所に月は昇り、
街は何時の間にか灯は消え、
街には月の光が降り注いでいた…。

影は大地が好きだった曲を
二人が起きない程度の音量で歌い始めた…。
最後の遠征の場で覚えた曲の一つ…
曲名は確か…『戦場のメリークリスマス』だったか……。

何処でその曲を知ったのか、
大地は光と影にこのスコアを渡し、
何度も二人にこの曲を演奏させたものだった…。

「!?」
ふと、寝ている二人の方を向いた影は
海の異変に気付き、海の寝台の側に座った……。

海は大量の汗をかき、
とても荒く息をしていた…。

目の前に横たわる2つの紅い屍
泣き叫ぶ妹の声
二つの屍を作った黒い影に立ち向かう兄…

見えなくなった自分の右目
奪われてしまった自分の名前
もう流すことの出来ない自分の涙…

そして何より…家族を守れなかった
自分への憎悪……。

全てはあの時
全てはあの夏
全てはあの暑い日差しの中
全てはあの男のせい
…全ては力無き自分のせい……

ふと、見ることも、涙を流すことも出来なくなった右目に…
海は温かいモノを感じた…。

その温かさは、母のモノでも父のモノでもなかった…。
優しく…柔かく…明るく…静か……

姉の温かさだった……。

その温かさは、右頬を包むように広がっていた…。

海はその温かさに手を添えると、
静かに目を開いた…。

「海!?」
「……影…。」
目を開けた海の目に映ったのは、
自分の顔を心配そうな表情で覗き込む影だった…。
「大丈夫か?…酷くうなされていたぞ…。」
海が目を開けたことで安心したのか、
影は微笑みながら言った。
「大丈夫…無事だ…。」
海も少し微笑しながら言った。

海は自分の右頬を包んでいる影の手を優しく握り閉めた。
影は海のその行動を無理に引き離そうとせず、
尚も海を撫で続けた……。

「怖かったんだな…こんなに汗かいて…。」
不意に影が右手で
海の額に浮かんでいた汗をぬぐった…。
海は影のその言葉に驚きの声をあげ、
影を見返した…。
「仲間を失うのが怖くて…失うまいと守りたかった…。
けど、何も出来なかった自分がいることに…
悔しいんだよな……。」
微笑していたはずの影は、悲しそうな目で
海を見ながら言った…。

「悔しいんじゃ…ない……。」
「!?」
目を伏せ、海は起きあがりながら言った。
「あの時の俺は、ただ無力で…
守りたい物を守れなくて…。
守れなかったことが悔しいんじゃなくて…。
守れなかった自分が…嫌いなんだ…。」
海がうなだれながら言った…。
そしてある事を思った…

…泣きたい…。

不可能だと分かっていても、
その気持ちは消えていなかった…。
素直に泣けたあの頃が…とても懐かしかった…。

「!!!」
顔の右側を覆うようにしてうつむいていた海は
不意に暖かいモノに包まれた。
海が顔を上げると、そこには影の微笑んだ顔があった…。
影は海の頭に手をあて、柔かく海を……

抱きしめた…。

「泣きたいんだよな…。」
「え?」
ボソリと呟くように言った影のセリフに
海は影の顔を見た。
「泣きたいんだよな…本当は…。」
顔を上げた海似、影が悲しそうな目でまた言った…。

「泣きたいんだよな…本当は……。
大声あげて…何も分からなくなるくらいの大声で…。
…恥かしいなんでのも考えずに…。
でも泣けないんだよな……?
……流すナミダが無いから…。」

キョトンとしながら影の顔を見ていた海は
影の言葉の一節に疑問を抱いた…。

流す涙が無い…?
…まさか影も…?

「……!」
そんな事を思っている海を、影は自分の肩に埋めるように抱き寄せた。

影の腕の中はとても暖かく
海にとって、とても居心地が良かった…。

「俺はお前の変わりに泣くことは出来ない…
だから……
…泣いて良いよ……。」
「…!!」
海は影のそのセリフを聞くと
影の胸に顔をうずめた…。


高い位置にあったはずの月は、西に傾き始めていた…。
街はなおも静けさを保ち、
その静かな街を月明かりが青白く照らしていた…。

しかし、その青白い月明かりを浴びる街に…
大きな陰は…ゆっくりと迫っていた…





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