異界の夜へ、ようこそ。
 私はサーリン。過去を語る者。
 大切な人と出会い、故国を失うまでの物語。
 そこでは戦が絶えない…この国の将軍は、とある女性。
 そして、その人の支え…

『漣〜せかい まもりしものたち〜』




 カツ、カツと規則的な音が響く。
ここはウィンダリアの宮殿。豪奢な布で彩られた廊下を、ある女性が歩いている。
腰まである銀髪は開け放たれた窓からそよぐ風に靡き、陽光を美しく跳ね返し輝いている。
戦乙女の格好。漆黒色の肩の防具からは漆黒のマントが下り、これも風を孕んでいる。
急に、突風が吹いた。マントが翻り、漆黒の衣に包まれた体が露になる。
漆黒のマントとは裏腹に、中に着込んだローブの様な服は薄いエメラルドグリーン。
彼女の、瞳の色の様に。
背には、大振りの剣が抱えられていた。刃の元に宝珠が二つ埋め込まれた剣。
宝珠は光を跳ね返し、純白の輝きと漆黒の輝きを放っている。
『聖神器』。
神聖な宝珠の填め込まれた武器の総称。
この国でしか作られることは無く、宝珠の色で持つ属性が違うという特色を持つ。
虹の七色に、純白と漆黒。この9色で構成される宝珠。
この将軍は純白と漆黒という並外れた破壊力を持つ宝玉の填め込まれた剣を使いこなす。
女性は、とある扉の前で立ち止まった。そして、入る。
その扉には『副将軍執務室』と書かれた札が下りていた。扉が閉まり、その衝撃で札が揺れる。


「将軍…!」
部屋の中にある執務机に向かっていた男は、目を上げて突然の来訪者に驚く。
そして、立ち上がり、敬礼をする。将軍、と呼ばれた人物は、軽い笑みを浮かべる。
唐突に男――風に話し始める。だが、単なる世間話が続いているだけだ。
「将軍、何故此処に参られたのですか。」
風は、他愛無い話ばかり繰り返す将軍に、疑問を投げ掛ける。
「御前は知らないだろうが、私には私設秘書が居てな。」
全く知らなかった。
将軍――漣曰く、戦略や会議の日程、実際の会議等も全てその秘書がやっていたらしい。
名は…淡雪。『暗黒の漣』、『静寂の淡雪』という名は、
他の世界の裏機関で知らない者は居ないほど、有名なものらしい。
だが、副将軍である風さえ今まで見たことは無かった。
国内では、全く知られていないらしい。
単に、迎えに来ただけらしい。
そういえば、副将軍執務室はあっても将軍執務室を見たことは無かった。
執務室で仕事をしていると、漣が戦略を纏めた書類を持って入ってくるのだ。
書類はワープロ打ちで、製作者の分かるものでは無かった。

宮殿内は、大きく二つに分かれる。
使用人達の住む棟と、役人や軍人の住む棟。二つとも、対になる設計になっている。
一本の長い廊下に、部屋が幾つも対になっている。
部屋と部屋の間にも更に廊下があり、二つの棟を合わせて1000部屋程ある。
その中をいくら探しても将軍執務室は無かった。
「こっちだ」
いつもなら右にしか曲がれない角を、漣は左へ向いている。
壁に設置された書棚の方を向いているのだ。
「ですが将軍…そこは行き止まり…です…が…」
戸惑い気味に、尋ねる風。だが当の漣は薄く笑みを浮かべて、
「初めて逢った時も、言った筈だ。見かけだけで物事を判断してはいけない。」
笑いながら、書棚の中から本を一冊取り出し、中から鍵を取り出す。
更に本を一冊抜くと、その本はダミーで、背表紙しか無かった。
その奥に、鍵穴の様なものがあり、そこに先程の鍵を入れる。
重い、鈍い音を立てて書棚が開く。
唖然とする風に、入れ、と合図を送る。

書棚の扉の先には、薄暗い洞窟のようなものが、広がっていた。
3メートルほどの感覚で、松明が灯っている。
仄かに暖かさを感じるそれは、洞窟のような道を照らしている。
道は曲がりくねっていて、この先に部屋があること自体が信じられるものではなかった。
幾つも分かれ道のある洞窟を、漣は迷うことなく進んでいく。
そして、行き止まりになった。
いくら見ても、前方にあるのは岩壁。
「見かけで物事を判断するな。迷うことはない。」
そう軽く言い、漣は岩壁に歩いていった。
とその瞬間。
頑なに行方を閉ざしていた岩壁に波紋が生まれたかと思うと、
それは漣が通る瞬間だけ、消え、風だけがその場に残された。
≪見かけだけで物事を判断するな≫
幾度も聞いたその言葉を思い出し、漣と同じように岩壁に向かって歩いてみる。
すると、一陣の烈風が彼の身体を包んだ。そのあまりの勢いに目を閉じる。

反射的に閉じた瞳を、開けてみる。風はもう吹いていない。
そして、ここはどこかの書斎のようだった。
自分の真正面には執務机が対に2つ並んでいる。
その奥には窓があり、今は開け放たれ、この国特有の穏やかな風が入り込んでいる。
そして、その窓以外の2方向は書斎、残りの1方向は扉だった。
そして、片方の執務机に座っていたのは、一人の…女か、男かの判別は付きにくい。
「ようこそ、名は…風、と言ったな」
薄紅のルージュを引いた唇から、微風のような声が流れる。
その声も、男のものか女のものかは分からない。
萌黄色の髪に、オレンジの瞳。
漣よりももっと軍人らしい服装をした勇ましい面立ちのその者は、
その顔に浮かべた薄い笑みで来訪者を迎えた。
「淡雪、これが現副将軍の風。私が魔銃を使いこなせると見込んだ人よ」
声と共に扉が開き、漣が出てきた。
手に持った盆には、カップが3つ置いてあり、
それぞれが淹れたてであるのを強調するように湯気を立たせていた。
「へえ〜。これが3代目の魔銃使いか」
興味深い瞳で…淡雪は風を見る。
そのオレンジの眼差しは、睨まれた者全てが気絶してしまう様な鋭い眼光を湛えていた。
「風、この人が淡雪。静寂の淡雪よ」
「静寂の…淡雪…」
「二つ名に疑問があるみたいだよ。もしかしてアンタの二つ名、教えてないんじゃないのか?」
その通りだった。風は漣の二つ名、≪暗黒の漣≫というのを知らなかった。
二つ名は、軍の実力者のみが名乗ることを許される名。
副将軍にもなれば大抵のものは二つ名を名乗るが、風は未だ自分の二つ名を決めていなかった。
「あ、そうか。私の二つ名、教えてなかったね。<暗黒の漣>って言うんだ」
「御前は…二つ名をもう決めたのか?」
「あ、未だです」
「そうか。漣、風の二つ名はどうする?」
「<聖なりし風>とか?」
「少し違うな〜。どちらかというと黒系が良いだろう」
最早話に付いて行けない。これは終わるまで口を挟まないのが妥当だ、と風は思った。
そう考えている間にも話はどんどん進んでいく。
「<緋色の風>とかはどうかな」
「そもそも緋色ってどういう色だっけ?」
「緋色って…榛っぽくなかったっけ?」
これでは世間話以外の何でもない。
「ならそのまま<黒き風>にしよっか」
漣の言葉で、決まったようだった。これでやっと話の分かった風は、
「なら、俺の二つ名は、<黒き風>で決定なんですか?」
と納得している二人に聞いた。
「?そうなる、よね?淡雪」
「ああ。これで決定だな」
「そうそう。風が知ってる人にも、二つ名を持つ人はいるよ。」
「俺が、知ってる人…?」
「あぁ。多分風が一番信頼してる人」
考え込む風に、嘗て聞いたある人の名が思い浮かんだ。
「まさか…疾姉さん…?」
「良く分かったねっ。瑠璃色の疾。でも彼女は軍人じゃないよ」
二つ名を名乗る条件は、力のある軍人である以外にも存在する。
孤児で、あること。
だが、いくら孤児だとしても能力がないのではいけない。
ある程度の能力を持つ孤児が、二つ名を名乗るのだ。
やっと話が終わった安心もあって、風は安堵のため息を漏らす。
「黒き風、か。良い名で、良かったじゃない」
「話変わるけど、もう分かってるかな。世界の均衡が崩れてる。
 このウィンダリアもだけど、異界そのものが崩れかけてる。戦は避けられないよ」
淡雪の言ったことは、本当だ。いくら会議を開いてもいつか必ず戦が起こる。
「その時には、私達3人が、この世界を護る者達、となりそうだな」
半分笑いながら言っているが、淡雪の声には真剣なものがある。
「世界、守りし者達、か…良い呼び名だけどね、世界は、護り切れないよ」
漣も苦笑している。その戦いで、おそらく全てが終わってしまうことも知っているから。
彼等の、命さえ例外ではない。
今の彼等に出来るのは、いつ起こるとも知れない戦に向けて特訓を重ねることだけ。
世界が終わる戦い
全ての命が燃え尽きる戦い
避けられず、意味のない戦い
そうと分かっている分、恐ろしいものであることは全員が分かっていた。


戦火が飛び交うのが見える。
その中を、聖剣の光や、命の光が飛び交うのが手にとるようにわかる。
世界を護る者達は、その命尽きるまで戦い続けるだろう。



次の過去を見てみましょう…
訳もなく、涙が溢れ、笑顔がこぼれるのは、どんな時…?
絶対に戻らぬ幻影…哀しくなるくらい遠い、記憶の断片を握るのは…

『涙〜もうもどらぬ まぼろし〜』

それまで、貴方にアンリミテッドの物語が響くように…





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